有機的に考えること

基本的に思考が内向きらしく
「この人にこういったら
きっと動いてくれるはず」とか
「今この人は忙しいから、これはこれこれこういう
タイミングで」とか
自然には思い浮かばない。


けど、自分以外の人が
何かを動かそうとしてるのには
時々気づく気がする。相対的に頻度は低いでしょうけれど。
気づいたとき、「かしこいなあ」とは思うけれど
楽しい気持ちにはなっていない。


他の人がどう感じているかは
結局その人にしか分からないし、
そもそも自分でだって、「今はこう感じるべき」だと思っているのか
ほんとに自発的な感情とか感覚なのかなんて、分からないことが多い。


って、ごねごね思って、結局分からないから
「主張があれば自分からしてください」みたいに投げやりになってしまっては
たぶん生きていけない。

思いやるって、ある程度人の行動と感じ方を型に当てはめて
予測するわけだけど、そうそう簡単にできることではない。

だから簡便のためにも、コミュニティごとになんとなくルールができてくるわけなのね。
「他の人の内面を想像する程度」は、コミュニティを説明する尺度の一つに
なるんじゃないかしら。

重要なのは、居心地のいいところを見つけることだ。そうじゃなくても
別にいいけどさ。


何がいいたいんだ。途中から、思いやることと人を動かすこととかが
一緒くたになってる。